Jan 29, 2011
引越しをするというか
引越しをするかどうかを考えるとき、実際の行動に移すことができる人とそうでない人に分かれる。もちろん、実際に行動に移す人がいいんだよ氏は、お金のために容易に移動する段階に持って行くことができない人も多いと思う。それでも更新トゥシギなどのタイミングによっては、解散の時期になると強制的に移動することができる。リフォームは今あるものを変えていくだけなので、どうしても予算をケチだ望んでいるんですね。も、後悔しないようにリフォームの予算配分に注意しましょう。特に注意すべきことは、床、トイレ、キッチンなどがあります。床は安いか、床暖房、インストールのタイミングを失う結果があり、、トイレは家族全員が使う場所なので、不便さがあると、家族が困難になります。キッチンは毎日使う場所だから機能を落としたり、家事時間が増加してすごいです。
24日投開票の芦屋市長選には、現職の山中健氏(61)と、新人で前県議の山田美智子氏(64)が立候補し、一騎打ちの選挙戦を展開している。向こう4年間の市政のかじは誰が取るのか−−。両候補の横顔を届け出順に紹介する。【浜名晋一】
◇財政再建に一定の成果−−山中健候補(61)=無現
2期目を振り返って、「120点の点数を付けることができる」と胸を張る。財政再建に一定の成果を残せたとの思いからだ。
早い時期から、政治には関心があった。高校生の時、当時の佐藤栄作首相の演説会に足を運び、大学生になってからは選挙運動のアルバイトを経験した。27歳で証券会社を辞め、衆院議員秘書や芦屋市議を経て市長に。
阪神大震災では自宅が半壊し、家族とともに車中での生活を余儀なくされた。東日本大震災の被災地に対しては、「(芦屋市が)どれだけ支援をしても市民の理解は得られる」と言う。
趣味の野球は大学時代、準硬式部で三塁手として活躍するなど本格派だ。妻、長男、長女の4人暮らし。
◇お屋敷町感覚の市政打破−−山田美智子候補(64)=無新
20歳の時、結婚を機に岐阜県から芦屋市に引っ越した。渓流釣りが趣味だった夫を通して、芦屋川の汚染の深刻さを知り、市民団体「芦屋川に魚を増やそう会」を設立。転勤族の多い芦屋だからこそ、「この川をみんなのふるさとの川にしよう」と活動を続けた。
転機となったのは、阪神大震災。自宅は全壊し、夫の両親が亡くなった。「行政だけに任せておけない。自分たちのことは自分たちでやる」。その後、市議と県議を経験。市議時代は、助役による汚職事件の真相解明に奔走した。現市政に対しては、「古いお屋敷町の感覚で街作りをしている」と手厳しい。
かつてミニコミ誌に詩を投稿するほどの文学好き。夫と2人暮らし。
〔阪神版〕
4月19日朝刊
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17日に告示され、熱い選挙戦が始まった明石市長選。24日の投開票に向け、市内各所を駆け回り、政策を訴える2候補の横顔を紹介する。【南良靖雄】
(届け出順)
◇幸せ実感のまちづくり−−宮野敏明候補(59)=無新
現市長の辞任表明を受けて、「明石のために」と市議会会派や経済団体などから推されて立候補。36年間の県行政経験を生かした市政運営を淡々と語る。国、県、周辺自治体との協力、民間との連携を強めて「幸せが実感できる明石のまちづくりに努めたい」。
75年に県職員。職員課時代には阪神大震災を体験。県庁に詰める職員らの食糧(1回約3000食)の確保に動いた。在任5年半の知事室長は「官房役」に徹した。「きちょうめんで生真面目」との人物評がある。
趣味はタウン・ウオッチング。マンションや戸建ての構造物を見るのが大好きで、自宅は自分で設計した。好きな言葉は「一所懸命」。「一所は明石。明石を守るために命をかける」と力強く話す。
剣道3段。県庁に入って稽古(けいこ)は遠のいているが、「正々堂々、正面に立つ」の精神は今も続けている。家族は妻と子供2人。当初立候補に反対だった妻は「最後の仕事だと思って頑張って」と応援してくれる。
◇明石、もっとよくしたい−−泉房穂候補(47)=無新
東大卒。元NHKディレクター、弁護士、元衆院議員……と、人のうらやむような肩書を持つ。「職業は替わってきたが、『困っている人の役に立ちたい』という信念は変わっていない」と話し、「大好きな明石をもっとよくしたい」と選挙に挑んだ。
5年から10年先の明石。「新しいものを建設するのではなく、明石にある歴史、文化、特産物を再発見し、いいものをつないでいく明石らしいまちづくりを心がける」と熱く語りかける。
6歳の時、4歳下の弟が脳性小児マヒと診断された。「五体満足の自分が申し訳なく、子供心になんとかしなければという気持ちになった」という。それから勉強した。東大受験では「ここで眠ったら救える人も救えなくなる」と自分を追い込んだ。
中学高校は柔道をやっていた。2段の腕前。柔道から負けた時の礼儀を学んだ。好きな言葉は「ひと」。人が大好きで平仮名で書くのがいい。家族は、妻と子供2人。
〔神戸版〕
4月19日朝刊
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